昭和41年〜64年

12月 3rd, 2008

ここに掲載する資料は、昭和63年発行の「新上砂川町史」より引用しています。
本サイトに掲載の画像・文書・その他一切の転用、転載を禁じます。

年号(西暦) 上砂川地区でのできごと、砂川 歌志内などでのできごと
昭和 41(1966) 2月 政府派遣石炭技術調査団来山。

4月 中空知(現北門)信金を町の金融機関に指定。登川抗一抗から分離独立する。

5月 霊柩車利用者に町で助成をはじめる。

6月 上砂川町文化協会発足。

7月 町営鶉プール完成。

8月 参議院石炭対策特別委来山。町道二条線排水工事完成。上砂川町無縁の塔完成。

9月 STV上砂川中継放送局放送はじめる。衆議院石炭対策特別委来山。

10月 第1回社会福祉大会を開催。東鶉に母と子の家完成。

11月 奈井江抗閉抗きまる。軟式野球連盟結成。

昭和 42(1967) 3月 中央バス上砂川線東町行き運転開始。

7月 三井奥奈井江抗閉抗。奥沢キャンプ場につり橋完成。

8月 奥沢ハイキングコース開通。

9月 第一及び第二中学校開校20周年記念。

10月 上砂川小学校開校50周年記念式。三井第一発電所(ガス専焼)完成。

昭和 43(1968) 3月 町人口2万人台を割る。

4月 婦人交通指導員を配置。中空知交通災害共済組合発足。

5月 三井中央立坑及びガス発電所完成。

6月 上砂川青年会議所発足。

7月 町道二条線の舗装工事はじめる。

9月 NHKのど自慢大会を空知劇場で開催。

10月 開町20周年記念式典を行う。

11月 中町生活館できる。石炭危機突破住民協議会設置される。産炭地振興企業鈴木製作所事業開始。

12月 石炭答申の大網に反対し、住民集会とすわり込み。

昭和 44(1969) 1月 東町に地区児童館できる。

2月 第6回町長・町議会議員選挙、中野町長再選。

4月 歩け歩けはじまる。

5月 上砂川消防署に救急車を配置する。

8月 町で老人家庭奉仕員を配置する。

10月 上砂川・芦別間林道開通。

11月 東町生活館完成。

12月 上砂川町衛生協力会、厚生大臣表彰受賞。

昭和 45(1970) 1月 広域圏のスノーローダーで町道の排雪をはじめる。奥沢老人ホーム完成。

3月 NHKのど自慢全国大会歌謡曲の部で大栗清志優勝。

6月 上砂川町補導員連絡協議会発足。

8月 町道二条線舗装工事完成。社協歳末たすけあい演芸会をビールパーティーに変更。第一中学校バトミントン女子チーム全道大会で初優勝。

10月 国勢調査の結果、世帯数4,484、人口1万5,718人。電話ダイアル式自動交換となる。

11月 一抗で水力採炭始める。

12月 国民保養センター「上砂川岳温泉」オープン。三井登川抗でガス爆発。(19名死亡)

昭和 46(1971) 3月 道道西芦別・上砂川線認定。上砂川岳一帯を国民休養地の指定を受ける。公益質屋を廃止。

4月 藤井虎雄道議会議員当選。火葬場使用料無料(上砂川町民)となる。第一中学校と第二中学校が名目統合し上砂川中学校とする。

6月 全老人クラブにカラーテレビ配置。

7月 三井プールを町営とする。交通安全セットカー入る。

8月 「砂川春秋」発刊1,000号を記録。砂川の支部を解消し、上砂川交通安全協会結成。

9月 下鶉小学校開校20周年記念式。

10月 上砂川中学校校舎第一期工事完成。若生小学校開校70周年記念式。東小学校開校20周年記念式。上砂川高校20周年記念式。

11月 上砂川消費者協会発足。

12月 上砂川岳国際スキー場オープン。スキー場スキーパトロール隊を結成。

昭和 47(1972) 4月 新生児の誕生を祝福する出産祝金をはじめる。

7月 町内はじめての交通信号機坂本商店前につく。

8月 やまに働く人達の慰労会と、全町花火・盆踊り大会開催。

10月 上砂川スキーパトロール赤十字奉仕団を結成。母子寮を閉鎖。

11月 石狩炭鉱でガス爆発(31名死亡)。町内にボーリング場できる。下鶉生活館できる。本町に若葉保育園できる。中央バス、上砂川岳温泉まで運行はじめる。

昭和 48(1973) 2月 第7回町長・町議会議員選挙、中野町長再選(2回目)。三井関連会社石狩炭鉱閉山。

3月 登川抗で崩落災害(5名死亡)。三井、石炭部門の分割を提案。町人口1万5千人台を割る。

5月 上砂川町シンボルタワー若小前にできる。

7月 石炭部門の分割妥結。

9月 鶉工業団地を造成。三井関連会社滝口炭鉱閉山。

10月 上砂川中学校統合校舎完成し実質統合となる。三井、石炭部門を分割し、三井石炭鉱業(株)を設立。

11月 町人口1万4千人台を割る。

12月 上砂川温泉に産炭地労働者福祉施設上砂川総合福祉センターを併置。三印上砂川魚菜卸売市場解散。鶉若葉生活館完成。

昭和 49(1974) 3月 学校給食パン工場閉鎖。

4月 炭鉱従事者就職奨励金支給はじめる。

10月 砂川炭鉱労働組合新事務所落成。
12月 一抗でガス爆発(15名死亡)。

昭和 50(1975) 4月 藤井道議再選(1回目)。町人口1万3千人台を割る。

5月 第1回全町さくらと緑のまつりを開催。

6月 改良住宅建設事業に着手。

7月 町委託東鶉歯科診療所開設。

8月 上中女子バドミントン部全国大会に5年連続出場し、準優勝。一抗でガス突出(2名死亡)。

9月 登川抗出水災害(5名死亡)。

10月 国勢調査の結果、世帯数4,041、人口1万2,618人。宅地の分譲はじめる。

11月 上砂川線からSL姿を消す。砂労創立30周年記念式。

12月 朝駒生活館完成。

昭和 51(1976) 2月 上砂川婦人運転者会発足。

3月 上砂川高校募集停止。
4月 東鶉歯科診療所町営とする。双葉保育園現在地に新築移転。

5月 青色申告と諸税完納の町を宣言。

12月 本町地区町民会館完成。三井登川抗休止。

昭和 52(1977) 2月 三井開抗以来の出炭量5,000万トンを達成。第8回町長・町議会議員選挙執行、三代目町長長谷山英夫。

3月 二代目町長中野与作氏名誉町民第2号となる。

4月 上砂川岳でひぐまを射止める。

6月 中華人民共和国展覧団員来町。

8月 上中女子バドミントン部二度目の全国準優勝果たす。

9月 休日救急診療制度発足。

10月 上砂川小学校開校60周年記念式。

12月 緑が丘集会所できる。老人福祉寮、静和荘できる。

昭和 53(1978) 2月 三井、水力採炭で北海道科学技術奨励賞受賞。
3月 食生活改善推進協議会発足。上砂川電業所廃止砂川営業所の管轄となる。

6月 前年からテスト中のごみ収納ボックス配置。町人口1万2千人台を割る。

8月 集中豪雨、89戸浸水、道路欠かい6ヵ所。

10月 鶉本町南団地の分譲はじめる。

昭和 54(1979) 1月 町勤労者体育センターオープン。

2月 上砂川町まちづくり計画決定。ハルニレを町木、シバザクラを町花とする。

3月 上砂川高等学校閉校。

4月 藤井道議再選(2回目)。三井、企業合理化計画提案。企業合理化計画妥結(福利厚生、労働条件等)。

5月 ボランティアにれの会結成。役場庁舎増改築工事完成。

7月 し尿処理一元化実現。

8月 重兼芳子第81回芥川賞を受賞。町民センターできる。

9月 開基80周年、開町30周年記念式を行う。

10月 三井南部排気立坑完成。

11月 若山牧水の記念碑建立。

昭和 55(1980) 4月 町長に手紙を出す運動はじまる。

7月 町福祉バスふれあい号運行はじめる。上砂川・スパーウッド姉妹都市提携委員会発足。町営本町プール完成。

8月 鶉若葉台宅地分譲はじめる。

9月 奥沢町解散式。上砂川・スパーウッド姉妹都市盟約調印。

10月 国勢調査の結果、世帯数3,873、人口1万790人。下鶉小学校開校30周年記念式。

11月 上砂川町表彰条例による表彰はじめる。
12月 雇用促進住宅上砂川宿舎できる。町人口1万1千人台を割る。

昭和 56(1981) 2月 第9回町長・町議会議員選挙、長谷山町長再選。

4月 特別養護老人ホームはるにれ荘オープン。

5月 石炭安定推進上砂川町民会議(石安推)発足。

6月 一抗でガス突出、3名死亡。

8月 豪雨死者1名。住宅173戸、被害人員488人、道路・学校外に開町初の大被害。姉妹都市スパーウッド親善訪問団来町。

9月 テニスコートと弓道場できる。若生小学校開校80周年記念式。

10月 下鶉小学校開校30周年記念式および閉校記念式。

昭和 57(1982) 4月 統合校舎2月に完成し、上砂川小学校に東小学校を統合。三井第二発電所完成する。

7月 三井砂川鉱東台露天抗採掘はじめる(58年9月閉抗)。三井第二発電所(ガス・石炭混焼)完成。

9月 衆議院石特委員会来山。炭婦協結成30周年記念式。

10月 市街地区町民集会所完成。

11月 一抗ボーリング座でガス爆発(5名死亡)。上砂川テレビジョン中継放送所(HBC, UHB, HTB)できる。

12月 下鶉共同浴場できる。本町児童館完成。

昭和 58(1983) 4月 藤井道議再選(3回目)。

7月 三井、一抗で重大災害(3名死亡)。

9月 衆議院石特委員来山。三井東台露天抗閉抗。

10月 三井西向露天抗開抗。

11月 三井、出炭を30万トン減の年産80万トンに、直轄従業員・職員を430人減の845人とする「安定化計画」を提案。

12月 下鶉児童館できる。

昭和 59(1984) 1月 産炭地上砂川安定策確立全町総決起集会。三井「安定化計画」妥結。

3月 テレビドラマ「昨日、悲別で」が9日から毎週13回で放送。鶉駅・下鶉駅無人駅となる。

6月 三井、芦別への配転はじまる。スパーウッド視察団出発。

11月 町人口1万人台を割る。砂川市の中心街に火発温排水利用の融雪溝完成、全国初、ドカ雪も溶かす。

昭和 60(1985) 2月 第10回町長・町議会議員選挙、長谷山町長再選(2回目)。

5月 日本庭園の基本施設完成しオープンする。経済活性化研究会発足。

7月 観光プロジェクトチーム発足。

9月 全国初の野鳥の橋できる。上砂川町総合計画新まちづくりプランできる。

10月 国勢調査の結果、世帯数3,484、人口9,459人。非核平和の町宣言式を行う。

11月 ダンスミュージカル「昨日、悲別で」が開かれる。第八次石炭政策確立上砂川総決起集会を開催。

12月 三井、寒沢露天採掘はじめる。

昭和 61(1986) 1月 三井一抗960Lでガス突出事故。上砂川ふるさと会第1号苫小牧会できる。

3月 上砂川札幌会できる。

4月 三井砂川鉱の「緊急生産見直し案」提案(5月妥結)。

6月 上砂川消防団、三井砂川消防団団統合し、新体制上砂川消防団発足。

7月 町人口9千人台を割る。

8月 非核宣言平和の塔できる。第八次石炭政策確立上砂川総決起集会を開催(2回目)。

9月 八次政策確立・砂川炭鉱存続街頭及び抗底の座り込みはじまる。

10月 株式会社上砂川振興公社発足。

11月 ヤマとマチを守る緊急全道1万人大会を上砂川球場で開催。

第1回BON・BONフェスティバル(第5回町民まつり)開催。

昭和 62(1987) 1月 新聞で三井砂川鉱閉山の報道をする(14日)。三井グループ首脳「砂川鉱今年中に閉山」の言明と報道をする(27日)。

2月 三井建設2月末で撤退。

3月 三井砂川鉱石炭の鉄道貨車輸送を打ち切る。

4月 各新聞で三井砂川鉱の4月15日に閉山提案、5月末閉山の報道をする。(1日)上砂川駅無人となる(同)。三井砂川鉱労使閉山提案の事前協議はじめる(18日)。石安推代表三井石炭本社に閉山反対直訴(23日)

5月 三井石炭本社砂川鉱を一と月後の6月18日をめどに閉山を提案、労組「白紙撤回」を表明(19日)。炭鉱の町若者の会で上砂川駅に女性駅長を配置(24日)

6月 閉山反対全町抗議集会(2日)。鉱業所前座り込み開始(10日から)。三井砂川労組代議員大会で条件闘争へ移行へ決定(27日)。若葉保育園を閉鎖し双葉保育園に統合(30日)。

7月 三井石炭砂川鉱閉山に労組同意、町も振興策に同意、鉱業所前の座り込み終了(9日)。三井砂川労組緊急全山報告集会(12日)。三井砂川労組代議員大会で閉山を正式に決定(13日)。

三井砂川鉱閉山(14日)。

昭和 63(1988) 上砂川診療所開設。
昭和 64(1989)
タグ:
コメントは終了しています。